野方ホープ社長 小栗富美代(由美香ママ)

週刊女性「人間ドキュメント」全3回

第3回 泣きに泣いた3年間。結局、ラーメンと〝人財〟が救ってくれた

 その別れは突然やってきた。2005年、6月28日。この日は真夏のように暑くて湿気の強い日だった。 「35歳の誕生日にメールしたのに何も返信が来ない。何かおかしい、と思いました」
 誕生日の撮影も無断ですっぽかしたという。これまで自分勝手に仕事を休むようなことはなかった。
 不安を感じた小栗社長が娘のマンションに駆けつけたときには、由美香さんは、誕生日を祝うことなく、ひとり静かにこの世を去った後だった。死因は事件性のない自然死でアルコールを飲んだあとの常備薬服用が原因だと思われた。死亡推定時刻は35歳の2時間前。
 "愛してる"を二度といえない存在になった娘が、目の前に横たわっている。鼻をつく異臭の中、小栗社長が目撃した、その瞬間の身を引き裂かれるような思いは計り知れない。
「私は商売に夢中になって、あのとき、なんでああしてあげなかったんだろうって、心のどこかで後悔してた。それでもね、硬く凍っていた心が溶け始め、ようやく打ち解けあえるようになってさ。私が死んだ後の思い出にでもなればと、家族みんなでハワイ旅行に行ったんだよ。親子でこれから幸せになるんだって矢先だったのに……」
 小栗社長は、溢れる涙で言葉を詰まらせた。

   ◆   ◆   ◆

 最愛の娘の死。その現実をどうしても受け入れることができなかった。あの日から、すべての時間が止まっていた。
「道を歩いていても、電車に乗っていても自然と涙が出てきちゃって……」
 その年、初めて一緒に行った海外旅行。携帯にはたくさんの"愛している"が詰まっている。その娘がもういない。どこにいても、何をしていても、あふれる涙が止まらない。
「3年間泣き続け、何度もあの世に行こうって思ったり……」
 思い出の詰まった家は住み替えた。ようやく店に顔を出すようになるが、泣いてばかり。やがて心はささくれ立ち、誰もそばに寄せつけなくなった。折れた心をかろうじて支えたのは、ラーメンを食べに来てくれるお客さんがいたこと。しかし、失ったものの大きさを変えることはできない。
 当時店長で、現在、全幅の信頼をおかれている統括マネージャーの星原広和さんが、そんな社長を見かね、思い切って声をかけた。
「社長、全部ひとりで抱え込まないでください。私たちに任せてくれて大丈夫です!!」
 その言葉を聞いた小栗社長は、潤んだ瞳を上げ、涙を拭いた。
「その瞬間、スッと身体が楽になった気がしました。従業員は人材の"材"だと考えていたのですが、このとき人材の材は、財産の"財"なのだと気づきました。従業員は大切な宝物で"人財"なんだと。それまで娘と息子にしかいえなかった"愛してる"をみんなにいえるようになり、ハグまでするようになったんです(笑い)」
 由美香さんが亡くなり、今年6月26日で丸6年が経過した。
「悲しいことって絶対忘れないけれど、記憶からは薄れていくんです。それが人間なんですね」
 少し寂しい笑顔をつくり、物事に執着しなくなったと付け加えた。
 バカにしてきた人を見返したいと出発したラーメン店。だが、いま、思う。自分のように悲しい思いやつらい思いをしている人を、ラーメンで幸せにしてあげられたら、と。笑ったり、泣いたり、怒ったり、頑張ることだって、生きているからこそできるんだ。
 昭和20年敗戦。闇市のラーメン屋台の前に、粗末な身なりで震えながら並ぶ人々の行列ができていた。温かい湯気に顔を埋め、麺をすすり、スープと一緒に幸せを呑み込む顔は輝いていた。
 いまはどうだろう。給料も減り、景気はどん底。働きたくとも仕事もない。日本中に冷たい風が吹き荒れている。
「不景気で世の中のせいにしている人が多いのでは? どんな状況でも自分を磨いて最高のことをやって、人生のピンチをどうプラス思考で切り抜けていくかが問題なんです。……誰が子どもが先に死ぬと思いますか? どんなにつらいことがあっても、自分で自分を奮い立たせてください」
 野方ホープ本店・店長の塩野大地さんは、ラーメンにかける思いと同様、社長への思いでいっぱいだ。
「うちのスープは主に豚骨の力強いパワーと野菜の甘みからで、その甘みが優しさで、豚骨の力強さと混ざって絶妙なバランスなのが、野方ホープの味の原点なんです。なにか社長の中に"お父さんとお母さん"がいるみたい。厳しさと優しさの中には、まったく嘘がない。社長がどういう生き方をしてきたか知りません。でも、言葉の端々に社長の人生が滲み出ていて、胸に響いてくるんです」
 この話に思わず膝を叩いた。取材中、何度も「男らしい!!」と思わず声を上げた記者に向かい、「おー、惚れちゃったか?(笑い)」と、からかってきた小栗社長。正直にいう。
 おっちゃん――。
 こう呼びたかった。小栗さん、社長、冨美代さん、ママ……、このどれもがしっくりとこなかったから。
 23年間『環七ラーメン激戦区』を背負い続けてきた。その風貌と気っ風がよくて、愛情の塊のような仕事人の呼び名として、『おっちゃん』が一番似合う、と思う。
 つらいときこそ、おっちゃんの店に足が向く。なぜかって? おっちゃん特製、汗と涙のスパイスが効いた『野方ホープ』で、お腹もやる気もいっぱいにしたいから――。
 別れ際、従業員にもするという"ハグ"をしてもらった。
(ラーメンでみんなを幸せにしようね)
 肌を通し、おっちゃんの温もりが伝わってきた。
「ありがとうございましたー!! またお越しください!!」
暖簾をくぐると、そこにはいつも幸せが待っている――。


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取材・文/藤本美郷
取材/関めぐみ

このテキストは、2009年6月23日号 週刊女性「人間ドキュメント」を加筆・修正したものです。